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静かな女 ― 恋が執着に変わるまで ―第六章 わずか二か月で壊れた結婚

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第六章 わずか二か月で壊れた結婚

結婚すれば変わる。

日本へ来れば変わる。

生活が安定すれば、彼女の不安も嫉妬も消えていく。

私は本気でそう信じていた。

だからこそ、レイナが日本へ来た時、私はようやく長い戦いが終わったような気持ちになっていた。

フィリピンと日本を行き来する生活も終わる。

電話越しに居場所を確認されることもなくなる。

離れているから生まれる疑いもなくなる。

これからは毎日同じ家へ帰り、同じ食卓を囲み、同じ場所で眠る。

普通の夫婦になれる。

私が欲しかったのは、それだけだった。


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最初は、本当に幸せだった

日本へ来たばかりのレイナは、比較的穏やかだった。

二人で買い物へ行った。

必要な生活用品をそろえた。

スーパーへ行けば、日本の商品を珍しそうに眺めていた。

「これ何?」

「これはどうやって食べるの?」

そんなことを聞く彼女に、一つひとつ説明した。

私はそれが楽しかった。

日本の生活に慣れてもらいたかった。

日本を好きになってもらいたかった。

そして何より、

ここを自分の家だと思ってほしかった。

私はそう願っていた。

だから、できることは何でもしてあげようと思った。

日本で不自由な思いをさせたくなかった。

生活の心配をさせたくなかった。

フィリピンにいた頃に感じていた不安からも解放してあげたかった。

私は夫として、彼女を守っているつもりだった。

そして心のどこかでは、こうも思っていた。

ここまでしてあげれば、彼女もきっと変わる。

もう私を疑わなくなる。

もう以前のような喧嘩もしなくなる。

今度こそ、普通の家庭を作れる。

しかし、その期待は長くは続かなかった。


また、同じことが始まった

日本へ来てから、まだ二か月も経っていなかった。

少しずつ、以前と同じ空気が家の中に戻り始めた。

最初は本当に些細なことだった。

私の帰宅が予定より少し遅い。

携帯電話に女性の名前が表示される。

仕事の電話を別の部屋で取る。

メッセージを見ながら少し笑う。

それだけで、レイナの表情が変わる。

「誰?」

また、この言葉だった。

「仕事の人だよ」

そう答える。

「女?」

「仕事だから、男も女もいるよ」

すると、さらに質問が続く。

「なんでその女があなたに連絡するの?」

「仕事だからだよ」

「仕事だったら、こんな時間に連絡する?」

私は説明する。

一つ説明すると、また次の質問が来る。

そして気づけば、フィリピンにいた頃とまったく同じやり取りになっていた。

私はその時、嫌な感覚を思い出した。

何を説明しても終わらない。

説明すればするほど、新しい疑いが生まれる。

私は心の中で思った。

また始まった。


日本へ来ても、何も変わらなかった

私は自分に言い聞かせた。

まだ日本に慣れていないだけだ。

家族と離れて寂しいのだろう。

言葉も分からない。

友達も少ない。

知らない国で暮らすのだから、不安になるのは当然だ。

だから私が我慢しよう。

私が理解してあげよう。

私はそう考えた。

しかし、一度始まった喧嘩は、次第に大きくなっていった。

レイナは感情が高ぶると、話し合いができなくなることがあった。

声が大きくなる。

同じことを何度も繰り返す。

私が否定すると、さらに怒る。

そして時には、その怒りが物や周囲に向かうこともあった。

私は何度も言った。

「落ち着いて話そう」

「大きな声を出さなくても話はできる」

「近所にも聞こえるから」

しかし、彼女が怒っている時には、そうした言葉が届かないように感じた。

その瞬間、自分がどう感じているか。

自分が腹を立てているか。

自分が傷ついたと思っているか。

それがすべてになってしまう。

少なくとも、当時の私にはそう見えていた。

周囲に誰がいるか。

誰かに迷惑がかかっていないか。

ここが日本であること。

そんなことまで考える余裕がなくなってしまうようだった。

私は、フィリピンで何度も見た光景を思い出していた。

国が変わっただけだった。


私は、また彼女の顔色を見るようになった

いつの間にか、私は家へ帰る前に彼女の機嫌を考えるようになっていた。

今日は大丈夫だろうか。

何か怒っていないだろうか。

帰ったら、また携帯を見られるのだろうか。

そんなことを考えながら家へ向かう。

普通なら、仕事が終われば家へ帰ってほっとするはずだった。

しかし、私の場合は逆だった。

玄関のドアを開ける前に、少し緊張する。

中へ入る。

レイナの顔を見る。

機嫌が良さそうなら安心する。

表情が硬ければ、

「何かあった?」

と私から聞く。

すると、

「別に」

そう返ってくる。

この「別に」が怖かった。

何もないわけではない。

何かが始まる前触れだった。

「どうしたの?」

「何でもない」

「何かあるなら言って」

しばらくすると、始まる。

「今日、誰といたの?」

まただ。

私は次第に疲れていった。


それでも私は、別れようとは思えなかった

不思議なものだった。

あれだけ苦しかったのに、私はすぐには離婚を考えなかった。

むしろ逆だった。

どうすればこの結婚を続けられるのか。

そればかり考えていた。

なぜなら、ここまで来るために私は多くのものを失っていたからだ。

フィリピンのKTV。

仕事に使うはずだった時間。

お金。

友人との時間。

そして何より、自分自身の生活。

それらを後回しにして、私はレイナとの関係を選んできた。

それなのに、

「結婚は失敗でした」

と認めることができなかった。

もし二か月で離婚したら、今まで自分がしてきたことは何だったのか。

周囲から、

「だから言っただろう」

と思われるのも嫌だった。

そして何より、自分自身に負けたような気がした。

私は、また勝ち負けで考えていた。

第四章で、あのフィリピン人の男に勝ちたいと思った時と同じだった。

今度は、自分自身に負けたくなかった。

だから私は耐えた。


私自身も変わっていた

ただ、今になって思えば、レイナだけを責めることもできない。

私自身も、あの頃にはかなり変わっていた。

昔の私は、仕事を第一に考える人間だった。

何か問題が起きれば、自分で解決する。

嫌なことがあっても、次の日には仕事へ行く。

それが普通だった。

しかし、レイナと付き合い始めてから、私の生活の中心は少しずつ彼女になっていた。

彼女が怒れば、仕事を止める。

彼女から電話が来れば、何をしていても出る。

彼女が不安になれば、自分の予定を変える。

そういう生活を長く続けた結果、私は自分自身の軸を失っていた。

彼女を愛しているからだと思っていた。

しかし、違った。

私は、彼女の機嫌に依存するようになっていた。

彼女が笑っていれば安心する。

彼女が怒れば不安になる。

彼女が離れようとすれば追いかける。

彼女が戻ってくれば安心する。

私の感情まで、彼女によって動かされていた。

これはもう、普通の恋愛ではなかった。


夫婦になれば離れないと思っていた

第四章で、私は一つの大きな勘違いをしていた。

夫婦になれば、彼女は離れない。

結婚すれば、自分だけの存在になる。

私は心のどこかで、そう思っていた。

しかし、結婚という紙一枚で、人の心まで縛ることはできない。

当たり前のことだ。

今なら分かる。

だが、当時の私は分からなかった。

むしろ結婚したことで、

「ここまでしたのだから別れられない」

という気持ちが私の中でさらに強くなっていた。

私は彼女を縛ったつもりだった。

しかし実際には、結婚という形に縛られていたのは、私自身だったのかもしれない。


ある喧嘩を境に、すべてが変わった

そして、日本で暮らし始めて二か月も経たない頃。

また大きな喧嘩が起きた。

原因だけを見れば、これまでと同じような些細なものだった。

今となっては、何が最初のきっかけだったのかさえ重要ではない。

問題は、そこからだった。

言葉が強くなる。

過去の話まで持ち出す。

フィリピンで起きたこと。

あの男のこと。

昔の喧嘩。

私がしたこと。

彼女がされたと思っていること。

本来なら終わっているはずの話が、次から次へと掘り返された。

私は言った。

「もうその話は終わっただろ」

しかし、終わっていなかった。

私の中でも。

彼女の中でも。

私たちは結婚しただけで、過去を解決したわけではなかった。

ただ蓋をして、日本まで持ってきただけだった。

その蓋が、一気に開いた。

私は疲れ果てていた。

彼女も感情的になっていた。

お互いが相手を理解するためではなく、自分が正しいことを証明するために言葉をぶつけ合った。

その時、私は初めてはっきりと思った。

この結婚は、もう無理かもしれない。

結婚して、まだ二か月も経っていなかった。

あれほど欲しかった結婚だった。

店まで失って手に入れた結婚だった。

あの男に勝ったと思うために、しがみついた関係だった。

日本へ呼べば変わると信じた。

生活を安定させれば変わると信じた。

愛情を注げば変わると信じた。

だが、何も変わらなかった。

いや。

一つだけ、大きく変わったものがあった。

私だった。

仕事を大切にしていた私はいなくなった。

自分の時間を持っていた私はいなくなった。

自分で人生を決めていた私はいなくなった。

気づけば私は、一人の女性との関係を守るために、自分の人生そのものを削っていた。

そして、その関係すら守ることができなかった。


離婚という言葉

大喧嘩の最中だった。

ついに、どちらからともなく「離婚」という言葉が出た。

一度口から出た言葉は、戻らなかった。

それまで私は、どれだけ喧嘩をしても最後には仲直りすると思っていた。

フィリピンでもそうだった。

別れても戻った。

大喧嘩しても、また一緒になった。

だから今回も、心のどこかでは同じだと思っていた。

だが、今回は違った。

私たちは恋人ではなかった。

夫婦だった。

そして「別れる」という言葉の意味も、以前とは違っていた。

離婚。

その二文字を聞いた瞬間、私は妙に冷静になった。

ここまでなのか。

これだけやって、たった二か月なのか。

そんな思いが頭をよぎった。

悲しかった。

悔しかった。

情けなかった。

怒りもあった。

しかし、そのすべての奥に、別の感情があった。

疲れた。

本当に、疲れた。

もう疑われたくない。

もう説明したくない。

もう誰かの機嫌を気にしながら生きたくない。

その気持ちが、少しずつ大きくなっていった。

私はようやく、自分の人生を取り戻したいと思い始めていた。

ただし――

離婚届を書けば、すべてが終わる。

そんな簡単な話ではなかった。

私はまだ彼女に執着していた。

怒りも残っていた。

愛情も、完全には消えていなかった。

そして何より、

自分がここまでして選んだ女性との結婚が、わずか二か月で終わる。

その現実を、私自身が受け入れることができなかった。

だから、このあと私はさらに苦しむことになる。

結婚するまでが地獄だったのではない。

本当の地獄は、

終わった関係を、自分の中で終わらせることだった。

静かな女 ― 恋が執着に変わるまで ―第5章 結婚すれば変わると思っていた

静かな女 ― 恋が執着に変わるまで ―第4章 愛情が執着に変わった日

静かな女 ― 恋が執着に変わるまで ―第1章~第3章

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