――ボランティアで訪れた僕が、リサと出会って人生を変えられた物語――
人生というのは、どこで変わるかわからない。
それまでの僕は、どこにでもいる普通の日本人だった。
毎朝、同じ時間に起きて、同じ電車に乗り、同じような仕事をして、同じように疲れて家に帰る。
特別不幸だったわけではない。
生活に困っていたわけでもない。
食べるものもある。
寝る場所もある。
お金も、贅沢をしなければ普通に暮らせるくらいにはあった。
でも、どこか心の中に、ずっと空っぽの部分があった。
何のために働いているのか。
何のために毎日を繰り返しているのか。
そんなことを考える時間だけが、年齢とともに増えていった。
休日になっても、特にやりたいことはなかった。
テレビを見ても笑えない。
スマホを見ても、誰かの幸せそうな投稿を眺めているだけ。
友人たちは結婚し、子供が生まれ、家を買い、それぞれの人生を進めていた。
僕だけが、どこか取り残されているような気がしていた。
そんな時、知人からある話を聞いた。
「フィリピンで子供たちを支援しているNPOがあるんだけど、一度ボランティアで行ってみないか?」
最初は、正直あまり乗り気ではなかった。
フィリピンという国にも、それほど詳しくなかった。
南国で、海が綺麗で、貧富の差が大きい国。
僕が知っていたのは、その程度だった。
ボランティアと聞いても、どこか遠い世界の話のように感じた。
自分が誰かを助けるなんて、そんな立派な人間ではない。
そう思った。
でも、その知人は言った。
「別に偉いことをしに行くわけじゃないよ。ただ見るだけでもいい。現地を知るだけでも意味があるから」
その言葉が、なぜか心に残った。
見るだけでもいい。
知るだけでもいい。
そのくらいなら、自分にもできるかもしれない。
そう思って、僕はフィリピン行きを決めた。
バナバティーは、毎日の糖質管理を意識する方の健康習慣をサポートするお茶です。
1. 食後血糖のサポート
2. 糖質管理を意識する人の健康習慣向き
3. 生活習慣を整えたい人向けの健康茶
初めて降り立ったマニラの空港は、想像していたよりも蒸し暑かった。
空気が重い。
湿気と排気ガスと、人の熱気が混ざったような匂いがした。
空港の外に出ると、タクシーの客引きが声をかけてくる。
車のクラクションが絶えず鳴っている。
道路には車、バイク、ジープニー、人。
すべてがごちゃごちゃに混ざって動いていた。
日本の整った街並みに慣れていた僕には、まるで別世界だった。
NPOのスタッフが迎えに来てくれて、僕は車に乗った。
窓の外には、高層ビルが見えた。
そのすぐ横には、トタン屋根の小さな家が密集していた。
綺麗なショッピングモールの隣に、裸足の子供が立っていた。
富と貧しさが、同じ景色の中に同時に存在していた。
僕は何も言えなかった。
ただ黙って、窓の外を見ていた。
翌日、僕たちはマニラ郊外にある貧困地区へ向かった。
そこは、いわゆるゴミ山に近い場所だった。
大量のゴミが積み上がり、その周辺で多くの人が暮らしていた。
生ゴミの匂い。
プラスチックが焼ける匂い。
ぬかるんだ地面。
ハエの群れ。
痩せた犬。
裸足で走る子供たち。
僕は、目の前の現実に圧倒された。
テレビやネットで見たことはあった。
でも、画面越しに見るのと、自分の足でその場に立つのとでは、まったく違った。
そこには、現実の匂いがあった。
現実の暑さがあった。
現実の生活があった。
僕たちNPOのメンバーは、食料や日用品を配り、子供たちに簡単な勉強を教えたり、遊び相手になったりした。
子供たちは驚くほど人懐っこかった。
初対面の僕にも、すぐに笑顔で近づいてきた。
「Kuya!」
そう呼ばれた。
フィリピンでは、年上の男性に対して親しみを込めて「クヤ」と呼ぶ。
お兄さん、という意味らしい。
子供たちは僕の手を引っ張り、服を掴み、何かを話しかけてきた。
僕は英語もあまり得意ではなかったし、タガログ語などまったくわからなかった。
それでも、子供たちは笑っていた。
僕もつられて笑った。
久しぶりに、何も考えずに笑った気がした。
その中に、一人の女の子がいた。
名前はリサ。
年齢はたしか、二十歳前後だったと思う。
子供というには大人びていて、大人というにはまだ幼さが残っている。
そんな不思議な雰囲気の子だった。
最初に彼女を見た時、僕は少し驚いた。
ゴミ山の近くで暮らしているとは思えないほど、彼女の目は澄んでいた。
着ている服は古く、サンダルも汚れていた。
髪も綺麗に整えられているわけではない。
でも、目だけはまっすぐだった。
人を見る時に、逃げない目をしていた。
リサは、近所の子供たちの面倒を見ていた。
小さな子供にご飯を分けてあげたり、泣いている子を抱きしめたり、危ない場所へ行かないように注意したりしていた。
自分も決して余裕があるわけではないのに、彼女はいつも誰かの世話をしていた。
僕が配給の手伝いをしている時、リサが近づいてきた。
「Are you Japanese?」
彼女は少し照れたように聞いた。
「Yes. I’m Japanese」
僕がそう答えると、彼女は笑った。
「Konnichiwa」
たどたどしい日本語だった。
僕は驚いて、「こんにちは」と返した。
それが、僕とリサの最初の会話だった。
リサは少しだけ日本語を知っていた。
昔、近所に日本人の支援者が来たことがあり、その人からいくつかの言葉を教えてもらったらしい。
「ありがとう」
「こんにちは」
「だいじょうぶ」
「おいしい」
彼女が知っている日本語は、そのくらいだった。
でも、彼女はその少ない言葉を、とても大切そうに使った。
僕が重い荷物を運んでいると、
「だいじょうぶ?」
と聞いてくる。
食料を渡すと、
「ありがとう」
と日本語で言う。
その発音は完璧ではなかった。
でも、不思議と心に残った。
ボランティア活動は数日間続いた。
最初はただの支援活動のつもりだった。
でも、日を追うごとに、僕はリサのことが気になるようになっていた。
彼女はよく笑う子だった。
でも、その笑顔の奥に、どこか諦めのようなものも見えた。
ある日の夕方、活動が終わった後、僕はリサと少し話す時間があった。
英語と、身振り手振りと、簡単な日本語。
それだけの会話だった。
彼女は自分の家族のことを話してくれた。
父親はいない。
母親は体が弱い。
下に弟と妹がいる。
リサは学校を途中でやめ、家族のために働いていた。
働くと言っても、安定した仕事ではない。
ゴミの中から売れそうなものを探したり、近所の人の手伝いをしたり、たまに洗濯や掃除の仕事をしたり。
一日働いても、日本円にすれば数百円にもならないことがある。
それでも、そのお金で米を買い、母親に薬を買い、弟と妹に食べさせていた。
僕は、何を言えばいいかわからなかった。
「大変だね」
そんな言葉は、あまりにも軽すぎる気がした。
だから黙っていた。
リサは笑った。
「It’s okay. This is my life」
それが私の人生だから。
彼女はそう言った。
その言葉を聞いた時、胸が痛くなった。
僕は日本で、自分の人生がつまらないとか、意味がないとか、そんなことばかり考えていた。
でもリサは、毎日を生きるだけで精一杯の場所にいながら、それでも笑っていた。
誰かを恨むわけでもない。
自分の運命を呪うわけでもない。
ただ、今日を生きていた。
僕は、自分が恥ずかしくなった。
バナバティーは、毎日の糖質管理を意識する方の健康習慣をサポートするお茶です。
1. 食後血糖のサポート
2. 糖質管理を意識する人の健康習慣向き
3. 生活習慣を整えたい人向けの健康茶
ボランティア最終日。
僕たちは、子供たちと簡単なお別れ会をした。
歌を歌い、写真を撮り、持ってきたお菓子を配った。
子供たちは笑っていた。
でも僕の心は重かった。
明日、僕は日本へ帰る。
飛行機に乗れば、数時間後には清潔な部屋に戻れる。
冷たい水も飲める。
温かい風呂にも入れる。
コンビニへ行けば、食べ物はいくらでもある。
でも、リサたちはここに残る。
この匂いの中で。
この暑さの中で。
この生活の中で。
その現実が、どうしようもなく胸に刺さった。
帰り際、リサが僕のところに来た。
彼女は小さな紙を差し出した。
そこには、彼女の名前と、連絡先のようなものが書かれていた。
Facebookのアカウントだった。
「Message me」
彼女はそう言った。
僕はうなずいた。
「必ず連絡する」
そう日本語で言った。
彼女は意味がわからなかったかもしれない。
でも、僕の表情で伝わったのか、リサは笑った。
その笑顔を見た瞬間、僕はなぜか泣きそうになった。
日本に帰ってからも、リサのことが頭から離れなかった。
仕事をしていても、電車に乗っていても、夜寝る前にも、ふと彼女の顔が浮かんだ。
ゴミ山の中で、子供を抱いていた彼女。
古いサンダルでぬかるんだ道を歩いていた彼女。
それでも笑っていた彼女。
僕は約束通り、彼女にメッセージを送った。
最初は簡単な英語だった。
「How are you?」
「Are you okay?」
「I miss Philippines」
リサからの返信は、いつも短かった。
でも、必ず返事をくれた。
「I’m okay」
「Thank you」
「I pray for you」
そんな言葉だった。
僕たちは毎日のように連絡を取るようになった。
時差は一時間しかない。
でも、暮らしている世界はまったく違った。
僕が会社の休憩時間にコーヒーを飲みながらメッセージを送る。
彼女は停電した暗い部屋の中で、スマホの充電を気にしながら返事をする。
僕がコンビニで何気なく買った弁当の写真を送る。
彼女は「Looks delicious」と返す。
その何気ないやり取りの中で、僕は少しずつ彼女に惹かれていった。
最初は同情だったのかもしれない。
助けてあげたい。
何かしてあげたい。
そういう気持ちもあった。
でも、だんだん違う感情に変わっていった。
彼女の強さに惹かれた。
彼女の優しさに惹かれた。
貧しい環境にいるのに、心まで貧しくならない彼女に惹かれた。
リサはよく家族の話をした。
母親の体調。
弟の学校。
妹が泣いた話。
近所の子供たちのこと。
自分のことより、いつも誰かの話だった。
僕は思った。
この子は、自分の人生を誰かのために使っている。
日本にいた僕は、自分のことばかり考えていた。
どうしたら楽に生きられるか。
どうしたら損をしないか。
どうしたら傷つかないか。
でもリサは違った。
傷つくことが当たり前の場所で、それでも誰かを守ろうとしていた。
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3. 生活習慣を整えたい人向けの健康茶
半年後、僕は再びフィリピンへ行った。
今度はボランティアではなかった。
リサに会うためだった。
空港に着いた時、胸が高鳴っていた。
前回とは違う緊張があった。
NPOスタッフの案内ではなく、自分の意思でこの国へ来た。
リサは待ち合わせ場所に来ていた。
前より少し綺麗な服を着ていた。
でも、相変わらず照れくさそうに笑っていた。
「Welcome back」
彼女はそう言った。
僕は返した。
「I wanted to see you」
リサは少し黙ってから、小さく笑った。
その瞬間、僕の中で何かが決まったような気がした。
滞在中、僕はリサの家族にも会った。
家と呼ぶにはあまりにも小さな場所だった。
トタンの屋根。
薄い壁。
床は完全なコンクリートではなく、ところどころ土が見えていた。
雨が降れば水が入ってくるという。
それでも、リサの母親は僕を歓迎してくれた。
少ない食事を出してくれた。
僕は申し訳なくて、何度も断った。
でもリサは言った。
「Please eat. My mother is happy」
僕はその食事を食べた。
味は特別なものではなかった。
でも、忘れられない食事になった。
リサの弟と妹は、最初は僕を怖がっていた。
でも、僕が日本から持ってきた文房具やお菓子を渡すと、少しずつ笑ってくれるようになった。
その夜、ホテルに戻った僕は、しばらく眠れなかった。
僕は何をしているのだろう。
日本人の自分が、リサの人生に関わっていいのだろうか。
中途半端な優しさは、かえって彼女を傷つけるのではないか。
助けたいという気持ちは、本当に愛なのか。
それとも、自分が誰かに必要とされたいだけなのか。
何度も考えた。
でも、答えは簡単には出なかった。
それから僕は、何度もフィリピンへ通うようになった。
数か月に一度。
長い時は一週間。
短い時は三日だけ。
それでも時間を作って、リサに会いに行った。
一緒に市場へ行った。
安い食堂でご飯を食べた。
教会にも行った。
リサは信仰心のある子だった。
何かあると、すぐに「God knows」と言った。
神様は見ている。
神様は知っている。
僕は特別信心深い人間ではなかった。
でも、リサがそう言うと、不思議と心が落ち着いた。
ある時、僕はリサに聞いた。
「将来、何がしたい?」
リサは少し考えてから答えた。
「I want my family to live safely」
家族が安全に暮らせるようにしたい。
それが彼女の夢だった。
自分が綺麗な服を着たいとか、大きな家に住みたいとか、海外へ行きたいとか、そういうことではなかった。
家族が雨に濡れずに寝られる場所。
弟と妹が学校へ行ける生活。
母親が薬を買える毎日。
それが、彼女の願いだった。
僕は言葉を失った。
そして、心の中で思った。
この子を守りたい。
この子と一緒に生きたい。
それが、同情ではないことを、その時初めて自分で認めた。
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もちろん、周りは簡単には賛成しなかった。
日本の友人に話すと、ほとんどの人が心配した。
「騙されてるんじゃないか」
「金目当てじゃないのか」
「貧しい子だから、日本人なら誰でもいいんじゃないか」
そう言われた。
僕自身も、その不安がまったくなかったわけではない。
フィリピンと日本。
貧困と支援。
年齢差。
国籍。
文化。
言葉。
あまりにも違うものが多すぎた。
恋愛という綺麗な言葉だけで片付けられる関係ではなかった。
でも、リサは一度も僕に大きな金額を要求したことはなかった。
もちろん、困っている時に支援をしたことはある。
母親の薬代。
弟の学校用品。
雨漏りの修理。
それくらいは僕が出した。
でも、彼女はいつも申し訳なさそうにしていた。
「Sorry」
何度もそう言った。
僕はその度に言った。
「謝らなくていい。家族のためだから」
リサは泣いたことがある。
「I don’t want you to think I love you because of money」
お金のためにあなたを好きだと思われたくない。
彼女はそう言った。
その時、僕の中の迷いはほとんど消えた。
人は、完全に相手の心を証明することはできない。
日本人同士でも同じだ。
結婚しても裏切られることはある。
長く付き合っても、わからないことはある。
それなら最後は、自分が何を信じるかしかない。
僕はリサを信じることにした。
ある日、僕はリサを海へ連れて行った。
彼女は、フィリピンに住んでいながら、綺麗な海をほとんど見たことがなかった。
貧しい人にとって、海は近くても遠い。
交通費がかかる。
食事代がかかる。
一日仕事を休めば、その日の収入がなくなる。
リサにとって旅行とは、テレビや他人の写真の中にあるものだった。
海に着いた時、彼女は子供のようにはしゃいだ。
サンダルを脱いで、波打ち際を走った。
スカートが濡れるのも気にせず、笑っていた。
僕はその姿を見ていた。
そして思った。
この笑顔を、もっと見たい。
彼女に、もっと広い世界を見せたい。
でも同時に、彼女から奪ってはいけないものもあると思った。
家族。
土地。
信仰。
彼女が生きてきた場所。
僕の都合で彼女を日本へ連れて行き、すべてを変えてしまうことが本当に幸せなのか。
それもまた、考えなければいけないことだった。
その日の夕方、海辺で僕はリサに言った。
「I want to marry you」
リサは最初、僕の英語を聞き間違えたのかと思ったようだった。
「What?」
僕はもう一度言った。
「I want to marry you. I want to be your family」
リサはしばらく黙っていた。
波の音だけが聞こえていた。
そして、彼女の目から涙が落ちた。
「Are you sure? My life is not easy」
本当にいいの?
私の人生は簡単じゃないよ。
彼女はそう言った。
僕はうなずいた。
「I know. But I want to walk with you」
一緒に歩きたい。
そう言った。
リサは泣きながら笑った。
そして小さな声で言った。
「Yes」
結婚までの道のりは簡単ではなかった。
書類。
手続き。
家族への説明。
日本とフィリピンの制度の違い。
年齢差や収入、出会いの経緯についても、何度も説明しなければならなかった。
僕の家族も最初は反対した。
当然だと思う。
いきなりフィリピンの貧困地区で出会った女性と結婚すると言われたら、誰でも心配する。
でも、僕は一つ一つ説明した。
リサがどんな子なのか。
どんな場所で生きてきたのか。
僕がなぜ彼女を好きになったのか。
何度も話した。
リサも、ビデオ通話で僕の家族に挨拶した。
緊張して、ほとんど話せなかった。
でも最後に、覚えた日本語で言った。
「よろしくお願いします」
その一言で、母は少し泣いた。
完全に安心したわけではなかったと思う。
でも、反対の声は少しずつ小さくなった。
フィリピン側では、リサの母親が何度も僕に言った。
「Please take care of my daughter」
娘を大切にしてください。
僕はその度にうなずいた。
軽い約束ではない。
彼女の人生だけではなく、家族の思いも背負うということだった。
結婚式は豪華なものではなかった。
小さな教会。
少ない参列者。
手作りの飾り。
高級なドレスでもない。
立派な披露宴でもない。
でも、そこには温かさがあった。
リサは白いドレスを着ていた。
決して高価なものではなかった。
でも、僕には世界で一番綺麗に見えた。
誓いの言葉を交わす時、リサの手は震えていた。
僕も震えていた。
神父の言葉のすべてを理解できたわけではない。
でも、その場に流れていた空気だけは、今でも覚えている。
厳かで、優しくて、少し切ない空気だった。
結婚式が終わった後、リサの妹が僕に言った。
「Now you are my brother」
今日からあなたは私のお兄ちゃん。
僕は笑った。
でも、胸の奥が熱くなった。
僕は日本から来た他人だった。
それが今、彼女たちの家族になった。
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結婚してから、すべてが幸せだけだったわけではない。
むしろ、大変なことの方が多かった。
文化の違い。
お金の感覚の違い。
家族への支援の考え方。
時間に対する感覚。
言葉の壁。
小さな誤解が、大きな喧嘩になることもあった。
僕は日本人的な感覚で考えてしまう。
計画を立てたい。
約束を守ってほしい。
お金は計算して使ってほしい。
でもリサにはリサの生きてきた世界がある。
明日より今日。
計画より目の前の家族。
自分より親や兄弟。
そういう価値観の中で生きてきた。
日本の常識だけで彼女を責めることはできなかった。
逆に、彼女も日本の生活に戸惑った。
冬の寒さ。
静かすぎる住宅街。
近所付き合いの少なさ。
誰も道端で話しかけてこない日常。
コンビニの便利さには驚いていたが、その一方で孤独も感じていた。
ある夜、リサが泣いたことがある。
「I miss my family」
家族に会いたい。
彼女はそう言った。
僕は何も言えなかった。
僕が彼女を日本へ連れてきた。
でも、それは彼女から家族との日常を奪うことでもあった。
僕はその時、結婚とは相手を自分の世界に入れることではなく、相手の世界も背負うことなのだと知った。
それから僕たちは、定期的にフィリピンへ帰るようにした。
ビデオ通話も増やした。
リサの家族への支援も、無理のない範囲で続けた。
もちろん、お金のことで喧嘩になることもあった。
でも、話し合うようにした。
「助けたい気持ちはわかる。でも僕たちの生活も守らないといけない」
「家族を見捨てたくない」
「見捨てるんじゃない。長く助けるために、無理をしないようにしよう」
そんな会話を何度も重ねた。
簡単ではなかった。
でも、少しずつ、僕たちは夫婦になっていった。
ある年、僕たちは再び、あのゴミ山の近くへ行った。
リサと初めて出会った場所。
僕の人生が変わった場所。
そこは、以前と大きく変わってはいなかった。
相変わらずゴミは積まれていた。
子供たちは裸足で走っていた。
匂いも、暑さも、あの日のままだった。
でも、僕の見え方は変わっていた。
最初に来た時、僕はそこを「かわいそうな場所」として見ていた。
貧しい場所。
助けが必要な場所。
そう思っていた。
もちろん、それは間違いではない。
でも、今はそれだけではなかった。
そこには人の生活があった。
笑い声があった。
家族があった。
強さがあった。
リサは近所の子供たちに囲まれていた。
昔の彼女と同じように、子供たちの頭を撫で、笑いながら話していた。
僕は少し離れた場所から、その姿を見ていた。
あの日、僕はここで彼女と出会った。
あの時の僕は、自分の人生に意味を見つけられずにいた。
でも今は違う。
リサと出会って、僕は「支える」ということを知った。
「愛する」ということは、綺麗な言葉を並べることではない。
相手の過去も、家族も、傷も、不安も、全部まとめて受け止めようとすることだ。
もちろん完璧にはできない。
喧嘩もする。
疲れる日もある。
逃げたくなる日もある。
それでも、また向き合う。
それが夫婦なのだと思った。
その日の帰り道、リサが僕に言った。
「Do you regret?」
後悔してる?
僕は少し笑った。
「No」
そう答えた。
リサは僕を見た。
僕は続けた。
「My life changed because of you」
君に出会って、僕の人生は変わった。
リサは照れたように笑った。
そして、あの日と同じように言った。
「ありがとう」
たどたどしい日本語だった。
でも、その一言で十分だった。
僕は、フィリピンへボランティアに行った時、自分が誰かを助けに行くのだと思っていた。
でも本当は違った。
助けられたのは、僕の方だった。
リサは、僕に教えてくれた。
貧しさの中にも、誇りはあること。
苦しさの中にも、優しさは残せること。
何も持っていなくても、人は誰かを愛せること。
そして、人生はいつからでも変えられること。
日本で空っぽだった僕の毎日は、フィリピンのゴミ山で出会った一人の女性によって、少しずつ色を取り戻していった。
もしあの日、知人の誘いを断っていたら。
もしフィリピンへ行かなかったら。
もしリサに声をかけられていなかったら。
僕の人生は、今とはまったく違うものになっていただろう。
出会いというのは、本当に不思議だ。
世界の片隅で、偶然すれ違っただけの二人が、やがて家族になる。
そんなことが、本当に起こる。
だから僕は今でも思う。
人生は、自分の予定通りには進まない。
でも、予定外の場所にこそ、本当に大切なものが落ちていることがある。
僕にとってそれは、フィリピンのゴミ山で出会ったリサだった。
あの場所で、彼女は僕に笑って言った。
「Konnichiwa」
その一言から、僕の人生は始まり直した。
そして今、僕は彼女と一緒に生きている。
完璧ではない。
楽な道でもない。
でも、後悔はしていない。
なぜなら僕は、あの場所で知ったからだ。
人は、誰かを愛することで、もう一度生き直せる。
そして、どんなに貧しい場所にも、人生を変えるほどの光はある。
リサは、僕にとってその光だった。
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