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フィリピン人女性 アイリーンの半生 後編 (第二話)フィリピンパブを転々とした…


タレントとして二回目の日本 三回目でランナウェイ オバースティになり愛人として20年、彼女の半生とは…

前回までのあらすじ

14歳にして日本に上陸したアイリーン6ヶ月間の日本での生活経て、フィリピンで家を購入してジャパンドリームを掴んだかのように見えたこの後ジャパンドリームが永遠に続くと、思っていたアイリーン、ここからフィリピンでの生活より遥かに長く苦しい日本での生活が待っているとは、思いもしなかっただろう。

フィリピンからの2回目の渡航

 彼女は初めての日本から帰った後、家の購入を終え、日本に向かいます。空港に着くとてっきり新潟だとばかり思っていたら、埼玉の深谷の系列店にフライング・ブッキングされましたこの時、彼女は15歳になっていました。一週間が過ぎた頃、いつものように席で接待していると、何度か指名を貰ったお客から白い粉を渡されました「これは何?」と尋ねると「コ〇〇ンだよ」とお客は言いました。隣にいた先輩のフィリピーナに「鼻で吸って歯磨きみたいに歯に塗り込むんだよ」と言われました。15歳の少女は、興味深々でトイレに行き、言われたとおりにコ〇〇ンを吸いました。彼女は高揚感に浸り凄く楽しくなりました。次の日、気が付くと昨日のコカインをしてしまった事に、罪悪感を覚えました。この時はまだ、この店がとんでもないお店だとは思いもしませんでした。日が経つにつれ、このお店が地元暴力団の経営する店という事に、気付きました。この店はもめ事も多く、お客さんのマナーは最悪。このお店のショータイムは、レズビアンが絡んだりおかまがチ〇〇〇を出したり、15歳のアイリーンには衝撃的だった。ここににいるフィリピーナのほとんどは、薬漬けでヤクザの女が多い事が分かりました。アイリーンはこの店に長く、いるととんでもない事になるんじゃないかと、恐怖心を覚え一ヶ月で帰る事にしました。帰る事を、当時の部長に伝えると返事はNOでした。その日の夜から、部長やお客から嫌がらせが始まりました。「明日帰れ」「フィリピンで殺してやる」など、15歳の少女には怖くて仕方がなかったと思います。 仕方なく彼女はプロモーターに相談しました。プロモーターはアイリーンにとって家族ぐるみの付き合いをしていたため、アイリーンを助けてくれました。しかし彼女はフィリピンに帰るのではなく熊谷のお店に再度フライングブッキングされ、6ヶ月を終了することなりました。フィリピンに帰った後、タレントでの日本はこれが最後にしたいと思いました。タレントでの仕事は、強制的でツライと感じたからです。一方で日本への憧れは強くなっていきました。日本人との結婚や生活に夢を描くようになります。

✔フィリピンパブ嬢を知りたい方々に


フィリピンからの3回目の日本

3ヶ月後、3回目の日本に向かいます。この時、彼女は日本に着いたら逃げる事を計画していました。成田空港に着くとプロモーターに「トイレに行く」と伝えて、トイレで服を着替えサングラスをして、タクシー乗り場に行きタクシーに乗り込み「松戸へ」と伝え逃げました。松戸に知人の女性が居て、彼女がお店の仕事や住むところを手配してくれました。アイリーンは16歳にしてオーバースティになりました。1ヶ月が過ぎ仕事にもなれ、やっと生活が安定して来た頃、お店のマスターに「今日はお店じゃなくてお客と飲みに行ってと」いわれ、言うがままに付いていきました。居酒屋で飲んでいるとマスターは居なくなりお客と二人きりになりました。お店を出るとお客は「ホテルに行こう」と言いました。アイリーンは必死で、抵抗してその場を逃げようとすると「お店に20万払ってるんだから」と言われ、動揺し衝撃を受けました。アイリーンは何とかお客を納得させ、その場を去りました。この一件により、マスターの本性を知ってしまい、恐怖に怯えて家に帰り、荷物をまとめすぐに逃げてしまいました。彼女は宛もなく、電車に乗りあちこちを転々としました。時には上野、八王子や新宿にも一人でフラフラしました。二週間が過ぎた頃、上野でフィリピン人女性ユキと知り合い、江戸川区の一之江駅近くのお店を紹介されました。そこで働くようになり生活も安定したころ、彼氏が出来て一緒に暮らして店を辞める事になります。しかし、彼女は幸せにはなれませんでした2年程付き合った頃、彼氏が浮気し別れる事になり、初めて日本に住んだ松戸に戻り、お店で働きだします。あまり長続きせず、店を転々とし2年が過ぎた頃、遂に運命の出会いをします。娘のお父さんとの出会いです。アイリーンが20歳の時です。

彼は妻子があり彼女は愛人という形になりました。アパートに住み、たまに来る彼を待つ日々が続きました。娘のお父さん10年の月日が経過したとき、彼女は妊娠しました。娘のさおりです。彼女はこの時、15年のオバースティが経過してました。彼女は子供が生まれてからすぐに、パスポートの更新にフィリピン大使館に行きました。この頃は、オバースティがパスポートの更新をする事ができたみたいです、しかし入管の改正により、パスポートを更新したら入管が捕まえにくるようになっていた。彼女も例外ではなく、子供が生まれてすぐ、入国管理局と警察が迎えに来た。娘のお父さんは、日本の国籍を取得する前にフィリピンサイドの認知手続きを済ませていて間一髪の所で逮捕を免れた。アイリーンは弁護士を入れ、娘の日本国籍取得と自分のビザ取得をその後、行い無事に取得した。これで日本での平和な生活が待ってると思ったが10年後、長い愛人生活にピリオドが打たれた。

フィリピン人の彼女にいくつかの質問をしてみた

「ホントはフィリピンで子供を育てかった?」

「日本がイイよ」彼女はフィリピンで起きた幼少の記憶が消せなくてフィリピンでの娘の生活は考える事が出来ないと語った。彼女は未だに男とのセ〇〇〇や生活にも少し抵抗があるみたいだ「新しい彼氏が欲しい?」と聞くと意外な回答が帰ってきた「欲しい」結婚してない男性でフィリピン人がいいと言ったフィリピン人なら言葉の壁もなく何でも素直に話せるからと彼女は苦笑いしながら言った。口ではフィリピンが嫌のように聞こえるがやはり母国は忘れられないみたいです。

最後に「さおりにはどんな人生を歩んでほしい」と聞いた。

日本で普通の人生を歩んでほしいと言った、自分のように家族の為、フィリピンから出てきて仕送りをして、愛人として20年間暮らし、フィリピンパブを転々とするような波乱万丈な人生ではなく、普通に結婚して普通に子供を産んでほしいと、日本人なら当たり前の事を、彼女は願っていた。前編、後編と二話に渡りアイリーンの半生を語らして貰いました。ありがとうございました。

✔フィリピンの食べ物に触れたい方々へ



※現在のフィリピンと当時のフィリピンでは、環境や状況が大きく異なります。

また、全ての在日フィリピン人が彼女の様な体験をしていたり同じような境遇下にあるわけではありません。

 

最後までお読みいただきありがとうございました!!

次回の記事にもご期待ください!!

フィリピンラボでは、他にもフィリピンパブへの潜入企画フィリピーナの落とし方などのフィリピンに関するちょっといかがわしい(笑)&お役に立つ情報を発信しております。

ご興味のある方は是非お読みください♪♪

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